成年の主張

日々過ごす中で主張したくなったことを、なんとなく綴るブログです。

【ググレカス】無思考が罪深い理由と3つの対処法考えてみた

 
「調べてみた?」
「いいえ・・・」
「まず調べてみて、それでも分かんなかったことだけ聞いてくれる?」
 
昔からよく言われて来た言葉です。
 
周りの人には、なんでもそつなく器用にこなしそうだね、とよく言われるのですが、自分が知っている領域に関しては、要領よくいい感じに処理できるのですが(多分この幅が人より広めだからそういう感じにみられやすい)、いざ自分が全く知らないことになると、すぐ人に聞く癖があります。
 
注意された時は、「いやそんくらい教えてくれよw」と思っていたのですが、いざ自分が後輩を持ち接するようになると、その意味がなんとなくわかるようになりました。
 
自分の頭で物を考えて、時には調べて、試してみて、トライアンドエラーのサイクルを繰り返すというのは、当たり前のようで地味に難しいものだと思っています。
 
無思考に人に聞きまくることの罪深さはどこにあるのか、それを避けるために意識すべきことは何なのか、自分なりに考えてみました。
 
目次

 

無思考が罪深い3つの理由

 

無思考が罪深い理由は、3つあると考えています。

 

他の人の貴重な時間を奪うことでチーム全体の生産性を下げている

 

あなたが誰かに質問するということは、その人に新たなタスクを与えているということになります。

 

それがその場ですぐ答えられるものであればまだいいものの、誰かの確認やその人の思考を要するもの、教えるのに時間を要するものである場合、その人だけでなく、他の人のタスクも増やす可能性だってあります。

 

チーム全体のタスクを増やすことで、他の人が、何か他のタスクの代わりに、そのタスクに時間を割くことになり、チーム全体の生産性の低下にもつながります。

 

これは、学生の活動ではまだ許されますが、ビジネスの現場では非常にシビアで、僕もバイトやインターンなんかでは結構厳しく言われてきました。

 

思考しないクセがつく→いろんな領域で思考できなくなってくる

 

誰かにすぐ質問するクセがつくと、自分の頭で考える必要性がなくなります。

 

考えるクセがなくなる、というのは、思っている以上に恐ろしいことで、僕みたいに、自分が知っている領域では器用にこなせてたものが、徐々に知っている領域におけるタスクにおいても、考えるクセが衰えてきます。

 

あるタスクの意味やわからないことを考えるというのは、そのタスクの領域に限らず、物事の背景や意味への思考を追求することであり、その能力が衰えるということは、いろんな領域において弊害が出てくるということを意味します。

 

「自分で考えない人」だと思われる→いい仕事回ってこない→成長しない→死

 

僕なりに、これが最も恐ろしいことだと思っています。

 

いろんな人に、無思考で質問しまくるクセがついてしまうと、「よく質問する人」というイメージがつき、徐々にそれが「まず質問する人」→「考える前に質問する人」→「自分で考えるクセがない人」というイメージに変わっていきます。

 

このイメージを抱かれてしまうと、質問した時に嫌な顔をされるみたいな分かりやすいことが起こるだけでなく、徐々に自分に重要な仕事が周りにくくなってきます。

 

もちろん、良い仕事が回ってこなくなると、成長スピードが低下し、それは死を意味します。

 

僕も経験したことがあるのですが、単純労働とか、ルーティン業務的なものばかりが回ってくるようになるのです。ああ思い出すだけでも恐ろしい。

 

今すぐできる3つの対処法

 

ただ、無思考が罪深い理由がわかっても、わからないものはわからないし、聞かないと前に進まないからどうしようもない、って感じですよね。

 

僕が意識するようにしたら、なんとなくサイクルが良い方向に変わっていったものを以下に挙げてみたので、次「やべーこれわかんねぇ・・どうしよ・・」とパニクリそうになた時は、意識してみてください。

 

その仕事が自分に振られた理由を考える

 

なんでその仕事が自分に振られたのか、何かしらの意図があるはずです。

 

その意図を正確に読み解くためにも、自分がチームにおいてどういう立ち位置かとか、何を期待されてるか、どういった性格/価値観/志向性だと思われてるか、みたいな正確な自己認知を持つことが大切です。

 

自分のポジショニングとタスクの位置付けを掛け合わせて考えて見た時に、そのタスクに要する時間/クオリティ/方向性などが何となく見えてくるはずです。

 

とにかくクオリティはそこそこでいいからソッコー片付けてほしいタスクなのか、多少時間をかけてでも高いクオリティを求められているのか、もしかしたらタスクの方向性を見失いかけてるから、自分にぶん投げられたのかもしれません。

 

ほとんどのタスクは突然やってくるものではなく、誰かから頼まれるものだと思うので、タスクを振った人の意図や背景など文脈を捉えることで、何となく筋道が見えてくるかもしれません。

 

ソッコー8割のアウトプットを出す

 

最近「即レス最強セオリー」とか「超速仕事術」的なビジネス書が多く出ていますが、大体ここに書かれている内容は的を射ている思っています。

 

ただ、とりあえず何が何でも出せばいいというわけではなく、自分が思う8割程度のアウトプットをソッコー出してみるのです。

 

このメリットとしては二つあります。

 

一つ目は、ソッコーアウトプットを出すことで、タスクを振られた相手とコミュニケーションを取りながら、進めていけるということです。
タスクのレベルにもよりますが、その日のうちとか翌日とかに出すことで、相手の期待値とすり合わせながら進めていくことができ、より相手の求めているものに最終的に近づくことができるのです。
 
二つ目は、多少負荷をかけてでもソッコーやることで、多少のエクスキューズが効きます。これが意外と大事で、自分が8割と思ってたアウトプットが相手にとって3割だとしても、「まぁこの時間でやってくれたから」というエクスキューズが効き、「もうちょっとこうしてみてよ」とか「さすがにこれくらいまではやってから見せて笑」的なコミュニケーションが生まれ、これまた相手の求められてるものにより近づくことができるのです。

 

つまり、8割ソッコーアウトプット術の目的としては、相手と文脈を共有しながらタスクを進めることで、より期待値に沿ったアウトプットに近づけられるところにあるのです。

 

質問する時は、仮説を持ってクローズドクエスチョンで聞く
 
それでも、 どこから手をつけたらいいのか、そもそも何をすればいいのか、みたいな頭がパンクして、何も考えられないみたいな状態ってあるじゃないですか。
 
そういう時は、もちろん、躊躇せず質問しにいきます。
 
ただ、ここで絶対に意識したいこととしては、必ず仮説を持って、クローズドクエスチョンで聞きにいくということ。
 
「どうすればいいですか?」
ではなく
「僕はこう思うのですが、どうでしょうか?」
という聞き方をします。
 
その仮説は、仮説と言えないレベルのただの想像でも全然いいです。
 
全く考えずに質問をぶん投げているのではなく、少なくとも、自分なりに考えを持っているという意思表示をすることが、ここでは大切です。

 

「ググレカス」と言われてしまわないように

 

「まず調べてみて、それでも分かんなかったことだけ聞いてくれる?」
を翻訳すると
「ググレカス」
となります。
 
「ググレカス」と言われ、「無思考人間」というレッテルを貼られ、単純作業やルーティンワークの山に埋もれる前に、是非上に挙げた要素を気にかけ、自分の頭で思考するクセをつけるようにしたいものです。 
 

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